植物界のキーパーソンにスポットを当ててインタビューする企画、第6回目。
今回は世田谷にある一般財団法人 進化生物学研究所の橋詰二三夫さんです。
マダガスカルの南部にある多肉植物から進化を辿ると言う植物マニアなら涎モノのロマン溢れるご職業の橋詰さん。皆さんご存知のバオバブ、アローディア、ユーフォルビアなどの知られざる秘密に迫りたいと思います。
世田谷にある進化生物学研究所研究員である橋詰さん。
主にマダガスカルの南部の乾燥地帯を中心に多肉植物を皮切りとし、生物の進化を辿る研究を行っています。
年に数度マダガスカルに渡り自生する植物と現地に住む人達に接しマダガスカルの文化を深く知る橋詰さんの貴重なインタビューとなりました。
一般財団法人 進化生物学研究所
進化生物学研究所内のバイオリウム内では橋詰さんが植物について詳しく説明してくれました(手前緑色のジャンパーの方)
ー橋詰さんの職業内容を教えてください。
多肉植物研究室の研究員となっています。
役割としては研究所内の学芸員、いわゆる博物館の指導員のような位置づけとなっています(実習生に対して指導を行うような立場)。
研究者としての研究対象としましてはマダガスカルの南部に生息・自生する動植物を専門に研究しています。
ー「生物の進化」と聞くとガラパゴス諸島を思い浮かべてしまうのですが何故その対象がマダガスカルなのでしょうか?
1960年代にその当時の所長である近藤典生さんがアフリカの動植物を研究していく中で日本ではまだ未知であったマダガスカルを調査するという流れになり、豊富な生態系を育む同島をベースに生物進化の研究を行うようになったと聞いています。
バイオリウム内の順路(右から回ると)を辿るとマダガスカル、アフリカ、メキシコなど乾燥地やボルネオなどの熱帯雨林を廻るコースを回ることができます。
ー現在植物を中心とした積極的に研究していることなどあれば教えて下さい。
現地の人がむやみやたらと伐採、焼き払ってしまった多肉植物のアローディアなどで出来た森林を「どのように再生させるか?」などの91年より研究所が行っている森林再生に関する試みに力を入れています。
方法としましては、現地調査の情報を元にこちら(研究所内)で手法を考えて現地のマダガスカルで実践する、ということが主となります。
ただ、現地にもリレーションをとっているマダガスカル人の専門家がいますのでオンラインでの情報のやりとりなども行い現地にいかずとも森林再生に関する活動を行うことができます。
まぁ森林と言っても日本で言うところの木本化の樹木ではなく多肉植物がほとんとですけどね…笑。
アローディアとユーフォルビアで構成された森。マダガスカルの人にとっては日本で言う雑木林など普通の森という感じでしょうか。
ー次にマダガスカルに行く予定などはあるのでしょうか?
2017年の7月の下旬に3週間ほど行く予定です。
私は英語などは話せませんがマダガスカル語をある程度話す事ができますので割と長期滞在での研究も可能です(マダガスカル語を聞いてみたいな…と思いましたが恥ずかしいので聞くことは出来ませんでした 笑)
あとは当研究所が母体となってるボランティア団体のサザンクロスジャパンという協会があるのですが、マダガスカルの森林復元活動に参加希望の高校生をマダガスカルに連れて行こう、ということになっているので私が同行することが1番早いと思いました。
原住民アンタンドロイ族の家。こんな所に日本人が行って大丈夫なのか?と心配になります。ちなみに家屋の建材は木本性多肉植物のアルオウディアプロケラ(Alluaudia procera)の心材が使用されているという貴重な1枚。
ーちなみにマダガスカルの治安や情勢はどのような感じなんでしょうか?
正直なところリアルタイムで状況が変わるので「よく分からない」ということしか言えません。私自身は危険な目に合っていませんが、合わないよう、現地での情報収集に気を使っています。
ただ、先進国や大規模な観光地と同じような感覚で旅行するのは危険だと思います。
例えばマダガスカルの現地のお墓の回りにはモリンガ・ドロウハディ(moringa drouhardii)という多肉植物が植えられていますがこの植物には近づかない方が無難です。
お墓の守人のような意味合いで植えらることが多く、一見バオバブのようにも見えますので興味本位で近づくとお墓の敷地内に入ることになってしまいがちです。
それをもし現地の人に見つかったら深刻な問題になります。外部の人間が、もっと言えば血縁関係ではない人間が敷地内に進入するとそれを牛の血を用いて清めるためです。
牛一頭、もしくは複数頭の血で清めるためその牛の代金を請求されます。物価の大変安い国ではありますが牛を複数頭はかなりの痛手となりますし敷地内に入られた現地人がどのような対応を取ってくるのか予測がつかないからです。
特にお墓の回りは禁忌の地となっており貴重な植物が豊富に残っている場合が多いのです。それらを見極めるためにはモリンガは逆に目印となりますので見つけたら近づかないのが無難でしょう。
お墓の回りに植えられたモリンガ・ドロゥハディ(Moringa drouhardii)。非常に魅力的なボトルツリー形状なので思わず近くで見てみたくなりそうですが近づかないで下さい。
ー他の植物に関する情報などはありませんか?
日本でも人気の多肉植物アローディアなどは現地では木材の代わりとして使われるために大きな個体は特にですが数が激減し深刻な問題となっています(森林再生と深くリンクする部分)。
矛盾するようですが現地人は草木が邪魔な場合はすぐに火を付けて勝手な焼き畑をしてしまうんですね(ちなみに焼き畑は禁止とされていますがそこは「見つからなければ大丈夫」といういかにもな理由で焼き畑はなかなか減らないそうです)。
現地の人は日本人のように計画的に焼き畑をするわけではないので結果として自然の力で鎮火するまで燃やし尽くしてしまっています。
私たちが見たら中には貴重な植物も時には含まれますが彼らは「まだたくさんあるから大丈夫」という考え方なので現地人には「資源が無くなる」という概念自体が乏しいのが現状です。
あとユニークなのはユーフォルビアの活用法ですね。
例えば樹液の毒を魚毒として使って漁をします。使われるのはユーフォルビア・レウコデンドロン(Euphorbia leucodendron)で幹を傷つけて白い樹液を川に流し麻痺させて漁をします。
川を塞き止めて樹液で行う漁。これで採った魚を食べたくないのは私だけでしょうか…汗
そして家畜のエサとしてもユーフォルビアが使われます。日本でもたまに見かけるユーフォルビア・ステノクラーダ(Euphorbia stenoclada)は牛のエサとなります。
一般的に毒性の強いユーフォルビアを食べるなんて信じられませんが平気で食べていますね。
ー現地と日本でギャップを感じたことなどありますか?
有名なバオバブなどは良い例かもしれませんが日本人は「巨樹信仰」が強いと考えられているのですがマダガスカル人にはそういう考えが一切ありません。
あくまでもクワやブナみたいな”普通の木”の感覚なんですよね。大きいから大事にしているからというとそんなことはないし粗末にしているかというとそうでもない。
本当にただの木としか見ていません。ただ葉が食料や薬になるので生活に密着していることは間違いありません。
バオバブをバックに現地の子供達と交流する若かりし頃の橋詰さん。
ーとても貴重な動植物が伐採や焼き畑、そして我々が趣向品として乱獲することに関してどう思われていますか?
私たちで言えば1番分かりやすいのがワシントン条約などがその大きな基準になりますよね。
当然ながら現地人にその話をしても通じませんし上記でもお話しした焼き畑の部分と通じますが「こんなに焼いたり伐採したら無くなってしまうよ」と彼らに言っても「まだたくさんあるから大丈夫」という考え方ですからなかなか伐採や焼き畑は無くなりません。
ただ、アローディアなどは材木や板などと同じように伐採され加工されているわけですが大きな材料となる巨木が無くなっていることには危機感を覚えているようです。
たくさんあるけれど使えるものが減っている、という感覚ですね。あくまでも貴重なものとかそういう観点では捉えていません。
彼らと私たちの植物に関する価値観は全く違います、例えば自生している奇怪な植物に関して彼らは特に何も感じませんが“そこにないもの”外来の動植物には非常に興味を示し特別に奇異な目で見たりします。
それは私たちがドクダミやヨモギを見ても何も思わないのと同じかもしれません。
牛のエサにするために無残にも切り倒されたバオバブ、アダンソニア・ザ(Adansonia za)。無残という価値観も私たちの特有のものだと考える必要があります。
ーじゃあ現地に自生する植物、例えばパキポディウムなどを趣味として生育している人なんていないですよね?
これが面白い事にそういう人もいます。ただ、私が研究する南部の乾燥した地域ではなく例えばマダガスカルの中心であるアンタナナリボなどでは趣味家のような人も存在しています。
パキポディウムを庭やプランターに植えて鑑賞したり、ただ、それは基本マダガスカルの中でも一部の富裕層の人達だけなので希なケースと言っても過言ではないです。
後は厳密なことを言うと、山で採ってきたパキポディウムを所有することはWWFの規定では厳しく罰せられます。マダガスカル国内でも自生地を荒らすことに相当する行為は禁止です。
ちなみにパキポディウムなどの多肉植物を実生している人もいますが(マダガスカルの研究員の方もやられているそう)それは基本的に農家や研究者、あとは極一部の富裕層の人間だけだと思います。
ただ、そういった富裕層の人間が多肉を生育することとは別に、単純に花を愛でたり育てたりする習慣はどの街や村を見てもあるのでその辺りの感覚は世界共通と考えています。
ー諸外国の為の自生地の植物を山採りすることに関してはどう思われますか?
あまりにも公に、大量に自生地のものを採っていたらWWFが黙ってはいないと思います。CITESに属するものなどはそういった過去の歴史を物語っています。
ただプラントハンターや現地のナーセリーの人たちもその辺りは上手くやっていて一度山採りした植物をナーセリーで管理することによって「これは山採り植物ではありませんよ」と言う形を取っている場合もあるそうです。
私の立場ですと山採りの善し悪しを言う立場にありませんし山という資源をお金に換えることは決して悪いことではありません。
ただ採ったとしても“山の資源を減らさない”と言うサイクルがある前提、もしくはそういったことを作った上で山採りをするべきと考えます。
ちなみに人気のあるオペルクリカリア・パキプスなどは自生地にあるにはありますが趣味家が欲しがるような立派な樹形やずんぐりしたものは乱獲されかなり少ないです。
いかにマダガスカルという地であれど多肉植物が立派な樹形に育つのにはそれなりの年数が必要です。
特にオペルクリカリア・パキプスなどは痩せた石灰岩の土地に自生していますので樽のような、球形の様な形に育つまでは気が遠くなる年月がかかるはずです。
だから先ほど言った“山の資源を減らさない”というサイクルは成立していない、できないでしょうね。
それをさまざまなプラントハンター達が乱獲していたとしてもそこに対する個人的な想いはあったとしても立場上語るべきでは無いと考えています。
中央に地植えされた枯れた葉が不気味な通称:巨人アロエ。アロエ・バオンベ(Aloe vaombe)。橋詰さんは特に「これ」という固有の植物が好きということは無いそうですが栽培場にもたくさんあったことやバイオリウム内でも幾つか見かけたのでバオンベに関しては好きそうな印象を受けました。
ー何か個人的に好きな植物などありますか?
「一つのこの種類が好きだ」という事は特にありません。私は研究者なので例えば1㎡四方の中に自生するいわゆる「同所性」、属や科が異なる植物たちの相互の関係性を調べて知る、と言うようなことが好きなのです。
同じ場所にいるのにどうやって種として独立をしているか、その場合開花時期をずらしてポリネーター(送粉者:花粉を運ぶ虫や鳥などの事を指す)との関係はどうなっているか、など。
ポリネーターであるスズメガ、パキポディウムなどの花びらに高さがある花などはこう言った長い管を使って蜜を吸うそうです。
私が知りたいのはそういった同所性であるとかその中でどのようにお互いと繋がりその中で個として成り立つことが出来るか、それらが進化の過程で作り上げられる“関係性”を調べることが面白いのです。
パキポディウムなど「なんでわざわざ岩の隙間に生えてるの?」ってことありますがあれは逆に言えば他の植物が少なく日の光を取りあう生存競争が少なく「生きていく上で最適だった」だけとも言えます。
かといって少しでも場所を変えるとそれらの植物は全く生えていなかったりします。自生する場所にはそれらが生えるなんらかのトリガーがあるのですが同じ場所であっても一度採ってしまうと二度と生えてこないこともあります。
何が原因となってそのトリガーが崩れるかも今はまだ分かっていません。
ちなみに全然関係ありませんが高山性のパキポディウム・ブレビカウレ(和名は“恵比寿笑い”)などは自生地に行くと辺り一面ブレビカウレ、なんてこともあります。
歩くのに邪魔なので本音で言えば蹴っ飛ばして歩きたかったですし少し踏んで歩いたような… 笑。
雑記
研究者という立場の橋詰さんのお話しでしたので専門用語も多く読み解くのになかなか時間を要しましたがかなり密度の濃い記事を書けたと思っています。
一般の方が入場できる場所は展示室とバイオリウムのみですがそれでも「東京にこんなところがあるのか!」と驚かれることは間違いないと思います。
今回のインタビューの実現にはTOKYで取り扱う用土 best soil mixを販売するBANKS CollectionのCEOである栗田さまのお力添えがあったことをこの場でご報告と共に御礼を申し上げさせていただきます。ありがとうございました。
事前予約すれば橋詰さんがガイドを務めるバイオリウムツアーにも参加できますのでより詳細に知りたい方は是非ご予約をしてみてはいかがでしょうか?
右が今回お話しを伺った橋詰さん。左の眼光が鋭い紳士がBANKS Collection CEOの栗田さんです。
バイオリウム内に地植えされたバオバブ。橋詰さんは「内部が柔組織の水ぶくれの木」と表現していたのが印象的でした(多肉植物ですからその表現は正しいんでしょう)。
バオバブの樹皮をめくると強烈に緑の肌が。いわゆる“木”との大きな違いで葉がなくとも光合成が可能です。
人気のオニソテツもあります。これらも地植えにしたらかっこよさそうですがとんでもないことになりそうです。
マダガスカルから南アフリカを廻ると今度はメキシコのブースが見えてきます。巨大なサボテンの奥には東京農大だけにアガベの“農大No.1”が鎮座しています!!
バイオリウム内の人気者、通称:「イグアナさん」にご飯をあげる橋詰さん。
展示室とバイオリウムはどなたでも無料で閲覧が可能ですので是非行って見てください!!
・住所:〒158-0098 世田谷区上用賀2-4-28
・営業/開園時間:4~11月:10:00~17:00(入館は~16:30)、12~3月:10:00~16:30(入館は~16:00)
・休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、月末の火曜日、大学が定めた休日
・ホームページ:東京農業大学「食と農」の博物館・バイオリウム